オギノート

「オギノート」は、シンプルなモノ・コトを中心に、フリーのデザイナーである小木が買ったものや考えたことを発信するWebメディアです。 小木が日々取り組んでいるデザインについて、PCやその周辺ガジェットについて、最近読んだ面白い本について、小木が目指していきたいミニマルなファッションと暮らしについてなど、様々なジャンルの記事を独特の視点と語り口で綴っています。

【考えたコト】世界は今、時代が変わる過渡期にある。

女性が活躍する社会へ

女性の社会進出が目標として掲げられてから数十年の月日が経った。実際に日本では女性が社会で活躍できるような下地(往々にしてこれは会社の中での働き方改革が中心となっている)が整ってきているし、多くの女性が社会で活躍するようになった。会社の中では経営層の数十%に女性を起用したり、政府では内閣を構成する大臣に女性を数名起用するように定められたりもした。僕個人としては、このような対策は本質的ではないような気がするのだが、まずは形から、それを変えていくことで本質的な部分も変わっていくのは間違いない。
このムーブメントと同時に、男尊女卑のような古い考えを持った人間は、それが明るみに出たときに厳しく非難される風潮が高まった。最近でも、多様性を尊重するGoogleにおいてとある社員が女性軽視的な表現を文書で使用した際には、Googleはその社員に対して非常に重い処分を行った。これは日本以外の例だが、大臣が女性軽視を解釈できるような発言をして辞任に追い込まれるということは、もはや珍しいことではなくなってきた。

世界が敏感になっている

もちろん、これはとても良い流れだ。実際にこの流れによって多くの女性が活躍できる機会を得たし、男性と同等に見られなかったこれまでの風潮は、すでに失われつつある。
一方、僕がこの流れに対して思うのは、今、あまりに世界が敏感になっているということである。今の状態は、男性が女性軽視と受け取られないように日々戦々恐々としていて、女性は男性が自分たちを軽視するような発言をしないか常に周りを警戒し、そういった発言をしようものなら、晒し者にして全員で非難してやろうと意気込んでいる状況に見える。かなり、風刺的な表現で例え話をしてしまったが、男性からしてみれば、今の時代は相当気を遣って、慎重に自身の言動を考えなければならない気がしている。そもそも、男尊女卑の考えがなく、過去に女性が虐げられていた状況を知らない僕から見ると、これはすごく過敏な状況に見える。

「あたりまえ」に向かう社会

しかし、主観的な視点を捨て、客観的にこの問題を捉えたとき、やはり今の状況は正しいのだという考えに至る。先述のように、僕個人としては世界中が男女の問題について敏感になっている印象を受けるのだが、その状態を経て価値観が変わっていくのも確かだ。最終的な僕の考えはこうだ。
「今、世界は女性よりも男性が偉いという古い考えから、男女の差は無いという考えに移行する過渡期にある。そこでは、人々は一時的にその問題に対して敏感にならざるを得ない。」
きっといつだって人々の価値観が変わるときは、様々な争いが起こり、ある一つの価値観に統一され、その価値観に合わないものが排除され、やがてその価値観が当たり前のものとして定着する、というプロセスを経ていくんだと思う。今はその過渡期にあって、多くの人が新たな価値観に合わないものに敏感になっている時だ。今のこのムーブメントは、時代が変わって新たな価値観が根付くために必要な流れなんだと思う。
今は時代の過渡期にある。つまり今は、新しい価値観が完全に根付いているわけじゃないということだ。やがて、すべての人の意識の中に女性軽視に受け取られないように注意を払うような考えは無くなっていくだろう。そうやって、誰もが新たな価値観を意識することもなくなった時こそ、男女間に差などないという価値観が、社会の中で「あたりまえ」になった瞬間なのだと思う。